2011年7月30日土曜日

20110729 満田正さんの「福島原子炉包囲網日誌」7/25〜原子力事故損害賠償支援機構法案緊急集会、1961「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」へのコメント

From満田正
日付2011年7月26日7:36
件名福島原子炉包囲網(7/25)日誌


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今日(7/25)は参議院議員会館講堂で「原子力事故損害賠償支援機構法案」衆議院に上程されることが先週金曜日に急遽新聞報道され國際環境NGOin Japan(担当者満田となっているが別人、呼び方もみつた)が発起人となって、緊急集会が開かれた。私もたまたま「さよなら原発・神奈川 アクション案内板」で見かけ、参加した。M氏から提供さ れた「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」のへのコメントを書いている途中でもあり、原子力損害賠償の実際を知りたかったこともある。
ただ、驚くことには、金曜日の呼びかけ、緊急集会にも関わらず、参議院議員会館はほぼ満席、300名以上の人々集まった。そして、この集会はどちらかというと決起集会(抗議集会)であり、行動提起の場でもあった。アクション(行動)としてはそれぞれが地元出身議員にFAXで法案制定反対の意思表示を行うことを呼びかけていた。
福田健冶弁護士の説明は、この法案が被害者救済に名を借りた東電温存、原発推進の布石であり、空恐ろしい未来が待っていると言うものであった。現在の原子力賠償法を改正し、原子力事故損害賠償機構を新たに設け、そこに政府資金の投入、その負担を原子力発電を行う全電力会社で負担させようとするものである。現在の原子力賠償法では、東電(電力会社)に責任集中されたものをその責任を政府にも負わせると言うもので、当然、裏には東電温存、原子力推進が見え見えである。この法案が、民主、自民、公明の実務者協議で一致したというもので、議員と言えどもまだ誰も知らないものである。確かにこの段階でのアクション(行動)の意味は大きい。
福田弁護士に続く只野靖弁護士はその補足で原子力賠償法そのものが、前文に原子力発電の健全発達が謳ってあり、「原子力事故損害賠償支援機構法案」そのものはその趣旨に乗っているとも言えるもので、法案制定反対の立場に立つには、脱原発の姿勢を明確にすべきであると付け加えた。続いて、会場からの質問では土田敦氏が、今回の事故は東電を含む原子力発電事業者が、コスト削減で色々安全性を無視した結果であり、その責任追及の立場で運動を起して欲しいと発言した。その他に、会場から、いわき市から東京へ命を守るために自主避難しているが、未だに何らの支援も受けていない。問い合わせしようとするもたらい回しであるとの発言があり、弁護士、主催者ともに、この種の声が大きくなることは重要であるとの応答があった。
二部に入り、福島からの被害の状況報告があったが、残念ながら聞き逃した。東電株主堀江鉄雄氏からの発言で、東電資産を全部売り払っても被害者損害賠償すべきであるとの大きな拍手があった。彼の株数は当初60万円だが、東電の責任に対する株主訴訟を起すと明言していた。会場の別の株主は持ち株当初38万円であるが、それは惜しくないので、東電は倒産するべきだとの意見を述べた。そんな中で、東電社員には給料1ヶ月分のボーナスが支払われたことなどの報告もあった。思えば、いわき市の総会で退職する清水東電社長には9億円の退職金、年俸9千万円の天下り先があるとの発言があったことを思い出した。懲りない東電の姿が浮き彫りだ。その他に、グリーンアクションのアイリーン・スミス女史からの報告で、世界中での原子炉設置マップが地震帯にあること、特に若狭湾に位置する14機もの原子炉は、もっとも危険であり、チェルノブイリ規模の事故では琵琶湖を含む地域がすっぽり被爆圏内に入ることなどが報告された。
この間、会場が社民党の福島みずほ名で借りていることでもあり、社民党の吉田国会対策委員長、福島みずほ代議士も短い挨拶をしてすぐに退席した。とにかく、この法案が与野党合意で進められていることに大きな危機がある。現状は、与野党議員すら、この法案の実情を知っていない。参加した人々は与野党問わず、この法案を廃案にするべく、多くの議員に働きかける必要がある。
私にとって、この動きが福島原子炉包囲網の1つの流れであることを期待した。

そこで、タイミングが良く、M氏から提供された「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」について、若干丁寧に読んで見たのでコメントする。福島原子炉包囲網との関係についても触れなければならないが、福島原子炉がまだ終着を見ていない。今の段階でも天文学的数字であることは間違いない。所謂、損害賠償抜きの事後処理だけでも100兆円もの予算が必要であることを考えれば、ドイツが第一次大戦時に賠償請求されたことを思い出す。流石に第二次大戦は、アメリカの世界支配という野望の中で、枢軸国ドイツ、イタリア、日本に対する賠償請求権が放棄された。そう言えば、今日の昨日の会議でも福井県若狭湾原子力銀座でのチェルノブイリ級の事故が起きると、460兆円もの賠償総額であるとの見解もあるそうである。
今回福島原子炉での賠償請求が起きると、それは未知の世界であり、現在の情報公開が、地球上の総ての人々の賠償請求権を喚起する。勿論、この報告書はこうした事態を予想もしない観点で書かれているのであり、ほとんど意味を持たないものとも思う。
この報告書は科学技術庁が日本原子力産業会議に委託した調査「大型原子炉の事故の理論的可能性及ぴ公衆損害に関する試算」の結果をとりまとめたものである。この報告書は1957 年に原子力委員会が行つた調査公衆災害を伴う原子力発電所事故の研究」(原題 Theoretical Possibilities and Consequences of Major Accidentes in Large Nuclear Power Plants,(WASH-740)を参考とするが、この参考データが世界で最初とは言え、3年前のことであり、日本独自の調査を行なったとしている。
まずは、この時点で大型原子炉(発電用原子炉)はどの程度の規模なのかが後でしか述べられていないことは気になるが、公衆への危険の大きさを全体に評価するための4つの本質的且つ非常に困難な問題を解いていかねばならないとしている。
さておき、4つの本質的問題とは
1)分裂生成物が原子炉から放出されて、公衆のいる地域への放散される可能性
2)放散された放射能の公衆地域への分布を決める要素また条件
3)人的又は物的損害を生ずる爆射あるいは汚染の水準
4)万一分裂生成物の放散があったときその結果生じうる死亡者障害者数および物的人的損害額
言い換えると、
1)については、原子炉と公衆のいる地域との遮蔽の問題であり、遮蔽程度の可能性を論じればよい。
2)については、分裂生成物の遮蔽内外の放散分布であり、遮蔽の程度に加えて地象的気象的条件を決定すればよい。
3)については、分裂生成物による人的又は物的損害のまずは可能性そしてその規模を爆者あるいは汚染水準に応じて提示すればよい。
4)については、分裂生成物による人的又は物的損害を貨幣価格に換算するればよい。
というわけで、4)は重要不可欠であるが、本質的な問題ではない。
この問題は、1)の原子炉で生じる分裂生成物の遮蔽技術の問題であり、当時では遮蔽技術がどこまで進んでいるのか、その可能性は、そしてもっとも重要な問題は、今回の福島原子炉事故における遮蔽の可能性すらない事故の起こる恐れがあることである。この遮蔽技術の問題を解くことなしに、2)、3)問題は何らの根拠を失うことになる。当時であろうが、現在であろうが、将来であろうが、この問題は原子力(原子炉を含む)を扱う限り延々と続く。
分列生成物の遮蔽技術について、とにかく放射能とそれを放出する分裂生成物に分けて考える必要がある。
1)放射能については、その威力は生命体への影響が強く、またほとんどの物質を透過してしまうので、その遮蔽の可能性は無いということである。勿論、放射線の種類によっては減衰の著しいβー線もあるが、ほとんどの放射線は基本的には総て物質を透過すると見てよい。私たちは、放射線を強度の遮蔽壁(コンクリート10mとか、鉛版1m)とかで遮蔽する必要がある。勿論、これを実現するとなると、遮蔽壁内での作業は不可能であるに等しい。
2)放射能を放散する物質については、それを運搬するキャリアー、空気中では風、海では海流、後作業する人間とか動植物の動きに拡散されるものであるが、遮蔽すると言うことは、この三つのキャリアを遮断することであり、とにかく、敷地を完全閉鎖する以外に無い。とすると、遮蔽壁内部での作業は可能であるが、とにかく、宇宙船内での作業のように延々と作業者を閉じ込ての作業が必要となる。
以上、遮蔽の可能性についての議論の出発点を提示してみたが、如何見てもこれは原子炉建設の実現可能性の範囲ではない。原爆・水爆のように人的・物的損害を目的とする場合には、以上二つの条件は無視できる。無視できることが許されている現状こそが問題であるが、原子力の平和利用とは、果たして、この無視するテーゼをどこまで払拭できるかが問題である。
人的・物的損害のために開発された原子力をそれをどのように制御出来るかが原子力平和利用の観点であるが、その扱いはもっとも安全性が高いと言われる医療分野を見ても危険一杯である。そこで、まさに適当ではあるが、分裂の拡散、放射線の放散を前提とした原子力安全施策(原子炉建設など)が実行される。そのために、どの程度の被爆ならば安全かという放射線量を設けることになる。所謂安全基準というわけである。
本報告書がそれを前提としていることは言うまでもない。
第1章では、原子炉の熱出力1W当たり1キュリーの放射能量、実際の原子炉は50万KWだとすると、5×10**8キュリーの放射能を出すことになり、人体の許容量が1μキュリーであることを考えれば、如何に甚大であるかが分る。ところが、このように指摘する直後で、「しかし、現在建設中や運転中の原子炉が公衆災害を生ずるような大事故を起こす危険性があるかどうかということは又別の問題である」と言ってのける。
何度も言うが、福島原子炉事故は現実に起きたことであり、「原子炉施設自体の事故を防ぐ安全装置と、炉自体の事故発生防止装置には一応無関係に事故から公衆を防護する格納施設」の両方ともが機能しなかったという事態である。そして報告書の書かれた時点で「このような努力の結果、すでに原子炉が開発され始めて以来18年間経った今日、原子力の安全の歴史は、かなり輝やかしいものであると言えよう」と言うのであるが、その前にはイギリスウインズケール事故、その後にはロシアチェルノブイリ事故、アメリカスリーマイル事故、現在の福島原子炉事故というとんでもない事故が起きているのである。当然、この書物の姿勢では現在に適用の価値も無い。
次に示された米英の安全の基準の考え方(平常運転時、緊急事態)についても驚くべき観点である。
1)平常運転時、原子炉からの(大気、地表、地中への)放射性放出物の流れは、敷地境界及びこれより遠い、いかなる地点においても、放射線レベルが連続曝射に対する最大許容量をこえないこと。
2)緊急の事態において敷地境界を超えて放出される放射能の量は、”その発生がありうると信じられる最悪の事故”("Maximum Credible Accident")の場合でも大体において一般人があびる放射 線量は最大緊急許容線量を超えないこと。
としているが、すでに「放射線レベルが連続曝射に対する最大許容量」、「放射線量は最大緊急許容線量」とする考え方が採用されているのである。そもそも放射能に対する考え方で「許容量」がいかなることを意味するのか。そこからすでに観点がずれてくる。まずは、現状の技術を駆使して如何に放射能は遮蔽できるかであり、その遮蔽後に生じる放射性による人的・物的損害が如何なるものかが問われるべきである。そうでないと、「許容量」の範囲で遮蔽技術を進歩しないままで固定させることすら伴う。
打ち続く原子炉事故の問題点は、遮蔽技術の限界が何時も打ち破られた結果であり、「許容量」そのものが意味を成さないことを示してきた。所謂、原子炉は未だに「許容量」に基づく巨大な社会実験(人体実験に匹敵する)を繰り返しているのであり、ならば、日本列島のように人口密集地では実験できない代物であることが分る。
日本人は、第二次大戦を犯した戦争犯罪人ともされて、広島・長崎原爆投下という2度にも渡る巨大社会実験を経験させられた上に、日本列島全土に渡る原子炉敷設と言う人類史上稀なる社会実験を強いられているのである。間違えば、1億人ジェノサイドになり兼ねない事態さえ迎えつつあるのである。この根拠が訳の分らない「許容量」という概念に含まれる。
例えば、この時に日本原子力発電株式会社が英国から導入する発電炉は、「200キュリーの放射能が数時間にわたつて放散される事故を Maximum Credible Accident(以下 MCA と略称する)さ れる」と想定している。200キュリーとは200Wの熱出力である。勿論、この種の小さな発電炉が導入されるとは予想しがたいし、大型原子炉導入の根拠とするには余りにかけ離れている。
ところで、そもそもMCAなる概念は、「反応度事故と冷却能力喪失事故」を想定してのことであるが、どちらも原子炉の暴発の危険性を含んでいるのであるが、それを否定する文面となっている。
米英では「普通の発電炉では炉自体に自己制御性をもたせたり、制御捧の引抜に制限装置を附したりすることにより反応度が異常に上ることを防止するほか、万―或る程度以上の上昇がおこれば種々のスクラムによつて原子炉を急停止するようになつていることを考慮して、 MCA では殆んどの場合反応度事故は取上げられていない」と言うのであ る。これは、反応事故を想定しないと言う極論である。現在、テロもあれば、大地震、隕石落下もある。これは反応度事故を停止できない事態の想定である。福島原子炉は大地震の結果であり、反応度事故の典型である。余りの出鱈目ではないだろうか。
次に、「何らかの原因で冷却材で失われたり滅少したりしたときは、燃料温度が上昇し、燃料或いはその被服が溶融するおそれがある。多くの場合、 MCA では燃料溶融がおきる場合について解析を行 なつているが、ガス冷却炉ではもともと冷却材の冷却能力が低く出力密度も低いので、冷却ガスがなくなつても原子炉が停止されるかぎりでは燃料がとけるまでに何時間かの余裕があるという理由から英国や前述の原電の場合には MCA とし ては燃料溶融は考えられていない」とするのであるが、これもまた、福島原子炉で起きている事態が想定されなかったと言う事例である。想定されないというよりは想定しなかったのである。
まとめて、「多くの場合 MCA では、(1)何らかの原因で冷却材喪失がおきたとし、炉自体の性質や種々の安全装置の作動によつて原子炉は停止されるものとするが、(2)燃料体中の放射能熱により燃料が溶融したり、溶融しなくとも燃料被覆のピンホールから空気が侵入し燃料を酸化とすることによつて、或る量の放射能が燃料から放出され、(3)コンテナがついている場合はそれからの漏洩、またはコンテナーの破損によつて、前記の放射能の一部又は全部が大気中に放散されるものとしている。原子炉が暴走事故に到る場合をも MCA として考察の対象として いるものもなくはないが、多くの場合以上のような MCA の考え方が取られている」によって示されているように、MCAの概念では、原子炉の暴走事故は想定されないのである。とすれば、MCAの概念は何のために導入されたのであろうか。
本報告書でもこの疑念を述べている。
それではそれはどこまで改善されたのか。「本調査では MCA 以上の規模の事故を対象とすることにしている」「本調査では10**4キュリーをこえる量が大気中に放散される事故を対象とする」と言うのであるが、これとて、大型原子炉が10**8キュリー規模であることを考えれば、どの程度の現実性があるかが疑われる。しかも、「WASH には専門家のカンによる確率が非常に幅のある 数字として示されている。これは全く科学的根拠のないものではあるが、だからといつて科学的根拠のある推定は今日では何人もなしえないところであろう」という文書まで参照されるのである。
第2章では、「大型原子炉の事故から生じる公衆損害額の試算」の前提条件について述べている。実際には、MCAの概念が曖昧な形で如何して試算できるのであろうかと疑いたくもなるのだが、とにかくコメントに入る。
「その評価はむしろ過少評価の側にあるものといえる。というのも一つには、調査に当然取り上げるべきでありながら諸般の理由で除外した重要な項目がかなり多いことであり、二つには過少評価であることが明らかでありながらデータの不足のため止むをえず採用したデータが少くないことである。前者の例は、人体障害の評価において晩発性障害や遺伝障害を損害試算の基礎において無形財産等をそれぞれ除外したことであり、後者としては人体障害の評価において健康な成人を対象としたことや損害試算の基礎において家計財産や土地面積を過少評価しているのがその例である」と示してあるとおり、「晩発性障害や遺伝障害を損害試算の基礎において無形財産等をそれぞれ除外した」とすれば、現在放射線障害は晩発性障害や遺伝子障害」と言われることを無視したことであり、しかも「健康な成人を対象としたこと」とすれば、放射性障害は胎児や幼児、健康を害している人々への影響が大きいことを無視したことである。それはまさに過小評価の根拠でもあるが、現状から見れば、余りに常識外である。
次に「損害額試算の対象範囲」が述べられているが、「またいずれの場合もすべての項目を算出したのではなくて、終額において占めるとウエイトと資料の信頼性とを勘案して取捨してある。又損害試算に当つては外国領土に及ぶ部分は除外した」についても項目の取捨はウエイトの置き方においてすら難しい問題で、また、外国領土について除外できるかどうか。
また、「典型的原子炉と炉内の分裂生成物の容量」については熱出力50万KWを対象としているので、現状が50万~100万KWの運転が為されていることを考えれば少し小さめである。「本調査の結果は動力炉の場合に最もよく適合するものである。同じ出力であつても材料試験炉の場合は燃料サイクルが短いと想像されるので、放射能内蔵量とその内分けが変ってくる上、燃料の種類、運転方法の相違などによつて同じ放散キュリー数の場合の損害額は若干変動するものと思われる。」としているので、ほぼ現状に当て嵌められる。
次に敷地問題であるが、「原子炉は海岸に設置されるものとし、敷地境界は炉から800mで、炉から20km、120kmのところにそれぞれ人口10万、600万の都市があるものとする。損害額算出にあたつては、我が国の場合直線距離で1000~1500Mmで外国領土に達することを考慮する。」としているだけで、もっとも重要な福島原子炉が恐らく津波でなく地震による被害と想定されるのであるが、その地震帯など地勢的条件が敷地問題に取り込まれていないのである。これまた、損害賠償を論ずるには不適切である。
そして、分裂生成物について、「放射能が原子炉から放出されてもコンテナーのような格納構造物中に包含されて直接大気中には拡散されないような事故については、コンテナーからの直接ガンマ線による損害は WASH と同様な方法 で検討した結果、公衆損害は殆んど生じないので取上げないこととし、その際コンテナーから漏洩する放射能による損害のみを取上げることにした」するのであるが、福島原子炉事故では、このコンテナーの破戒が問題であり、その想定無しには評価したとはいえない。しかも、「放散時間については反応度事故を伴うような短時間放出の事故のほか、燃料の酸化、或いは上述のコンテナーからの漏洩などのような比較的長時間にわたる放出を代表する場合として4時間放出の事故を想定して検討してみたが、人体への影響その他を具体的亡検討した結果では両者の影響のちがいは他の要素に比べて小さいことが判明したので、本調査では短時間放出を対象とすることとした」と言うのであるが、福島原子炉事故は、反応度事故として長期に渡っていると想定されるのであり、4時間と言う設定が余りに短すぎる。
また、放出温度は分裂生成物の粒度分布に影響するのだ、「高温(3,000°F、1650℃ ― 格納容器を破壊するに十分な圧力下の蒸気温度の代表)と低温(70°F 21℃ ― 普通の大気温度の代表)とをとつた。粒度分布は直径1μ、7μを夫夫中央値とする2つの分布の場合を考えた。3,000°Fはかなりの高温ではあるが酸化ウラン(UO2)の溶融温度よりは若干低いものであり、粒度分布はそれぞれ煙と工場塵の典型である」としているものの、福島原子炉反応が続く限り、メルトダウンについてはそれ以上の温度上昇も考えられるので、粒度分布についても簡単にはいかない。ちなみに、福島原子炉による放射能灰が静岡県、神奈川県にまで飛来していることは厚恩による1μ以下の相当小さな粒子分布が存在していることを意味する。
最後に事故による放射性煙霧の分布を決める要因については、最大の要因は地勢条件である。今回福島原子炉事故で、原子炉から50KM以上離れた飯舘村にまで分裂生成物が飛散したことは、地勢的条件が打なることを示している。気象条件にしても、地勢条件とは密接に関係しているものであり、天候、大気安定、噴霧の上昇の高さだけの配慮で放射性噴霧の分布を予測できるものかどうかは疑わしい。実際には、私は青梅市からいわき市にかけての放射線測定を実施した結果、その放射線量の分布は波曲線のように複雑であった。
以上を纏めると、この調査が原子炉発電が始まったばかりの調査であるために、現在のような原子炉事故は想定されていないし、起こりうる事故条件が制限されて想定されているのであり、現在、役立つようには思えない。
昨日行われた緊急集会に見られるように損害賠償は、東電が事故を想定して加入している保険料1200億円をはるかに超えるものであり、それを前提として「原子力事故損害賠償支援機構法案」が衆議院に上程されようとしているのであり、M氏には申し訳ないのであるが、こうした参考資料は害あって益無しではないだろうか。
満田

20110729 満田正さんの「福島原子炉包囲網日誌」7/20-2:放射線測定 7/17、7/22 青梅市、多摩川下流ー上流、小菅村

From満田正
日付2011年7月23日16:32
件名福島原子炉包囲網(7/20)日誌



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7月17日(日曜日)は、翌日からは福島いわき市へ出立のこともあり、青梅市での放射線量が気になっていたので、とにかく本格的な測定をせねばと思い立った。朝8時に出発し、青梅市に立地する多摩川の橋では、一番下流の多摩川橋から一番上流の御岳橋までを測定のターゲットとして設定した。生憎、この日は地獄の暑さ、思い立ったのが急なもので、水筒も持たず、ガイガーカウンターを持つだけの身軽さだったが、それはそれは厳しい半日の自転車での強行軍である。それでも測定には、前提条件を厳しくしておかなければ、クレームが付き物である。温度特性、気候変動など、条件を整えるのは必須である。特に、青梅市全体での放射線量の傾向を知るには、同じ時刻、同じ測定機種、同じ測定者であることが理想である。しかも、その値は、全国放射線値との比較でなけなければならない。幸いに私は、青梅市からいわき市に到る放射線値の測定を行ってきた。青梅市の放射線値を評価するには充分である。測定の最後には疲労困憊で、自転車をJR御岳駅乗り捨て、帰ってきたのであるが、それは不幸中の幸いであった。この自転車を持ち帰るために、偶然往復での測定を行��うことが出来た。昨日(22日)は自転車を持ち帰る必要もあるし、それだけでは、物足りないので、まずは小菅村まで足を運んで、小菅村の放射線値を測定し、その帰りに、多摩川の上流から下流に向かっての放射線値を測定することが出来ると踏んだ。小菅村に行けば、畑の草むしりも出来るので、一石二鳥である。小菅村の放射線量については、山間地であり、ダミーデータとして使えるという軽い気持ちもあった。
結論から言うと、青梅市での放射線量は自然放射線量に比して高い。同じく小菅村での放射線値も高い。すなわち、ダミーデータとしては使えない。どちらも地形依存が高く、放射線値の低いところもあるが、連続して全体が高いわけではない。風向きもあるし、日にちの違い、方角の違いでさえ、放射線量は変動する。

青梅放射線量測定(RD1503、晴れ、風1~2m/S、気温30度~)

2011/07/17/8/20 下奥多摩橋袂0.13~0.14~0.16~0.17
2011/07/22/18/20:0.14~0.16
2011/07/17/8/30 長渕消防署前0.16
2011/07/17/8/40 多摩川橋袂0.10~0.11~0.14~0.16、
2011/07/22/18/15:0.08~0.15~0.17
2011/07/17/9/00 鳶巣川橋袂0.19~0.19、    
2011/07/22/19/15:0.17~0.17
2011/07/17/9/10 二小正門前0.15
2011/07/17/9/15 調布橋袂0.11~0.15
2011/07/22/18/35:0.13~0.14
長渕7丁目工事中橋2011/07/22/19/15:0.15~0.15
2011/07/17/9/35 カンポの宿0.10~0.12  
2011/07/17/9/40 万年橋袂0.10~0.11~0.12~0.13
2011/07/22/18/35:0.11~0.12
2011/07/17/10/00 セブンイレブン畑中庭0.16
2011/07/22/18/10:0.13
2011/07/17/10/05 明治人道橋袂0.16~0.18~0.18~0.18
2011/07/22/18/35:0.18~0.18
2011/07/17/10/15 町谷入道橋袂0.11~0.12~0.13~0.13
2011/07/22/18/35:0.17~0.17
2011/07/17/10/24 吉野橋袂0.14~0.16~0.18~0.18
2011/07/22/17/55:0.11~0.12
2011/07/17/10/35 神代橋袂0.10~0.13~0.15~0.18
2011/07/22/17/55:0.17~0.21
2011/07/17/10/55 吉野ばいごう0.15
2011/07/17/11/08 新明王橋袂0.08~0.10~0.12~0.13
2011/07/22/17/45:0.14
2011/07/17/11/40 軍畑大橋袂0.14~0.15~0.16~0.16
2011/07/22/15/45:0.14~0.14
柚木三丁目2011/07/22/16/45:0.15~0.16~0.12
2011/07/17/11/45 粗端人道橋袂0.12~0.13~0.14~0.15
2011/07/22/18/35:0.14~0.14
2011/07/17/11/50 御岳トンネル0.11~0.14~0.15~0.18
2011/07/22/18/35:0.12~0.14
2011/07/17/12/00 御岳橋袂0.13~0.13~0.13~0.13
2011/07/22/18/35:0.17~0.18
2011/07/17/12/15 御嶽駅ホーム0.08~0.15
小菅村放射線量測定(RD1503、曇り、風1~2m/S、気温20度~)
2011/07/22/06/32 千ヶ瀬バス停0.13~0.14
2011/07/22/06/32 長渕7丁目バス中0.12
2011/07/22/06/32 郷土博物館バス中0.12
2011/07/22/06/32 万年橋バス中0.11~0.13
2011/07/22/06/32 大柳バス中0.12
2011/07/22/06/32 中町バス中0.11
2011/07/22/06/32 青梅駅前0.12~0.14
2011/07/22/06/50 JR宮ノ平駅車中0.08~0.09
2011/07/22/06/50 JR日向和田駅車中0.09
2011/07/22/06/50 JR二俣尾駅車中0.13
2011/07/22/06/50 JR軍畑駅車中0.13
2011/07/22/06/50 JR御岳駅車中0.10
2011/07/22/07/10 JR川井駅車中0.10
2011/07/22/07/10 JR古里駅車中0.10
2011/07/22/07/20 JR鳩の巣駅車中0.10
2011/07/22/07/20 JR白丸駅車中0.10
2011/07/22/07/20 JR奥多摩駅0.08~0.13
2011/07/22/14/55 奥多摩駅バス中0.18
2011/07/22/07/35 西東京バス車中南二丁目0.10
2011/07/22/07/35 西東京バス車中弁天橋0.11~0.14
2011/07/22/07/35 西東京バス車中病院前0.13
2011/07/22/14/45 病院バス中0.10~0.11
2011/07/22/07/35 西東京バス車中日村0.10
2011/07/22/07/35 西東京バス車中境橋0.11
2011/07/22/14/45 境橋バス中0.08
2011/07/22/07/35 西東京バス車中境トンネル0.08
2011/07/22/14/45 橋詰バス中0.08
2011/07/22/07/35 西東京バス車中惣岳0.08
2011/07/22/14/45 惣岳バス中0.08
2011/07/22/07/35 西東京バス車中板小屋0.12 
2011/07/22/14/45 板小屋バス中0.09
2011/07/22/07/35 西東京バス車中桃沢0.12
2011/07/22/14/45 桃の沢バス中0.11
2011/07/22/07/50 西東京バス車中中山0.11
2011/07/22/15/15 中山バス中0.10
2011/07/22/07/50 西東京バス車中水根0.07
2011/07/22/07/50 西東京バス車中奥多摩湖0.08
2011/07/22/14/45 奥多摩湖バス中0.08
2011/07/22/07/50 西東京バス車中大麦代0.11
2011/07/22/14/45 玉川バス中0.13
2011/07/22/07/50 西東京バス車中檜村沢0.11
2011/07/22/14/45 玉川バス中0.11
2011/07/22/07/50 西東京バス車中倉戸口0.10
2011/07/22/14/45 玉川バス中0.11
2011/07/22/07/50 西東京バス車中熱海0.10
2011/07/22/07/50 西東京バス車中湯場0.08
2011/07/22/14/45 湯場バス中0.10
2011/07/22/07/50 西東京バス車中女の湯0.11
2011/07/22/07/50 西東京バス車中東井0.12
2011/07/22/07/50 西東京バス車中峰谷0.08~0.11
2011/07/22/08/00 西東京バス車中小河内神社0.07
2011/07/22/08/00 西東京バス車中麦山橋0.08
2011/07/22/14/45 麦山橋バス中0.08~0.10
2011/07/22/08/00 西東京バス車中中奥多摩湖0.11
2011/07/22/08/00 西東京バス車中深山橋0.08
2011/07/22/14/45 深山橋バス中0.10~0.13
2011/07/22/08/00 西東京バス車中陣屋0.10~.12
2011/07/22/08/00 西東京バス車中庄の札0.11
2011/07/22/14/45 庄の札バス中0.10~0.14
2011/07/22/08/00 西東京バス車中金風呂0.10
2011/07/22/08/00 西東京バス車中玉川0.08
2011/07/22/14/45 玉川バス中0.14~0.17
2011/07/22/08/10 余沢0.14
2011/07/22/14/45 余沢0.14
2011/07/22/08/10 ガソリンスタンド0.12~0.14
2011/07/22/08/10 役場0.12
2011/07/22/08/10 橋立西東京バス停0.16
2011/07/22/08/10 酒井養魚場0.18
2011/07/22/08/10 希望の館0.17
2011/07/22/08/10 運動場上0.12
2011/07/22/08/10 田元橋0.12
2011/07/22/08/55 小菅の湯(休館日)0.15
2011/07/22/09/00 中組(井狩)0.12~0.14~0.18
2011/07/22/09/10 小永田0.16
2011/07/22/09/10 鶴峠北側0.11
2011/07/22/09/20 林業廃棄物処理場(生ごみ堆肥化工場)0.15
2011/07/22/09/20 長作観音0.11~0.13
2011/07/22/09/20 最長老自宅前0.15~0.17
011/07/22/09/20 鶴峠南側0.16~0.17~0.18
011/07/22/09/45 白沢(源流大学前道路)0.12~0.13~0.14
011/07/22/09/45 原始村0.13
011/07/22/09/45 余沢御嶽神社0.13~0.15
以上満田

20110729 満田正さんの「福島原子炉包囲網日誌」7/20〜「K君へ」




From満田正 
日付2011年7月21日21:31
件名 福島原子炉包囲網(7/20)日誌


K君へ

「未曾有(いまがかつてない)」の状況に接した時の人間の心理というものも無視できないのではないか」
今フランス革命でのジャコバン党のギロチン禍を想像します。誰もが信用できなくなると、気の狂った武力集団が台頭します。今の政府や東電は自ら行っている行為がそれに近いことを想像することすら出来ていない。
この現象が昂じると、ヒットラー、ファッシズム、それに共産主義独裁のスターリン、毛沢東になります。それを正しい継承としてきた、人々が私も含めて、現在の生き残りです。これは、人類が懺悔する問題ですが、福島原子炉はそのチャンスをくれたと理解しています。人間の心理は無視できないというか、空恐ろしい事実が待ち構えています。
「多数派同調バイアス」「正常性バイアス」というものがあり、「人はみな自分だけは大丈夫(死なない)」については、心理学者自身のことを説明していると思って間違いないと思いますが、「皆で渡れば、怖くない」は逆心理です。心理学者ほどいい加減な人たちは居ないと私は学生時代から考えています。彼はソウルでの地下火災の時に逃げなかった人々のことから類推しているようですが、逆に圧倒的多数は逃げ惑ったわけです。どちらの行動がより犠牲を少なくしたかは、何とも言えないのでは無いでしょうか。」「正常性バイアス」を持つ人々の行動が事態を解決することすらあります。
福島原子炉の場合には、群集心理が事態を悪化させた。逆に整然と対処した原子炉作業者が存在した。彼らの心理の真相は分りませんが、現状、彼らの行動が当時の原子炉暴発を防いだことは明らかです。これを「正常性バイアス」というのだろうか、全く違うのです。心理学者がこうした状況をさも知ったかぶりに説明する態度こそ、ギロチンものです。
「大変、最悪のことが起きた」という認識は少なからずある(あった)はず」とは逆で、皆さん、放射能の恐ろしさを知らなかった。原子炉の脆弱さも想像できなかった。ところが、強制的に避難させられて、その危険を察知した。また、マスメディアが騒ぐので、もしかしたらとパニックにもなった。これは情報戦争以前の問題で、人々が正確な判断が出来無いことを知りつつ、政府・東電は危険と安全両方を流し続けた。そのために、人々は右往左往した。今でも誰を信じてよいのか、何を信じてよいのかが分かっていない。この状況が所謂、歴史上では一連のジェノサイドを作りだした。
今、情報戦争で問題になっているのは、自分の経験・評価を信じる人々と、政府・東電、マスメディアの情報を信じる人々との戦いです。ただ、自分の経験・評価は余りに小さいし、間違いが多い。これを一歩一歩積み上げる作業を私は情報戦争と言っている。あくまでも、組織は悪・犯罪であり、人々にはそれに反発できる感性・経験があるはずだと期待しているのです。政府・東電が仕掛けている情報戦争は、この人々の感性・経験はいかに早く摘み取れるかを狙っての事です。それほどに政府・東電は酷いことをしてきた。何故、人々が反抗できないかが不思議に思えるほどです。それほどに、彼らの情報物量作戦は徹底しているのです。山村武彦なる心理学者、その片棒を担いでいるようにしか思えない。
「その議論の前に原子炉包囲網は「運動論」ということになるのでしょうが、「運動」から「組織」へと発展する道筋がよく見えない。」と言うので、貴殿は、合いも変わらず、運動・組織至上主義に傾斜せざるを得ないわけですが、福島原子炉包囲網は運動論でも組織論でもありません。福島原子炉に向かうベクトルが、福島原子炉の暴発を防ぐ唯一の手段であると言っているだけの存在です。もし実現出来なければ、福島原子炉の暴発もあり得るし、もしそうしなければ、福島原子炉を包囲する人々を、福島原子炉に近い順にジェノサイドしていくことになるでしょう。そうしたからと言って、ヒットラーや、毛沢東やスターリンが行ったように、直接の悪人は彼ら(政府・東電)であると、無関心を装うことも出来る。ただ、原子炉問題と独裁政治との状況の違いは、独裁問題は高々国境問題である。原子炉問題では、この国境が意味する何も無いと言うことです。「45年前の「べ平連」のような、あるいは最近のアラブにおける「フェイスブック革命」のような状況創出はどうやればできるのか」と言うよりも、彼らこそ、大学闘争を収束させて、大学の根本的な有り方を問うベクトルを分散させた張本人です。当時の日大闘争はその天王山、現在の福島原子炉的ぁ
�如���桙驍ニ考えてよいでしょう。この日大を包囲する波を阻止するために出てきたのは、反原発、反戦、反公害であり、その包囲ベクトルは急速に萎んでしまった。日大闘争は単独でも10万人の学生の動員力であり、全国的には100万人の動員力とも言われた。これ総て、日大闘争に向かう吸引力(ベクトル)である。秦野警視総監によって、香港から呼び戻された警視庁の佐々は、この吸引力を分散させるために、日大芸術、四谷上智大学、そして安田講堂(仮想シンボル)の三段跳びで言うホップ、ステップ、ジャンプという陥落シナリオを企画し、その収束を図った。彼の大学闘争の理解度の低レベルが、もしかしたら、安田講堂の攻防でも、大学闘争のベクトルを守れたかも知れないという歴史的事実はあったにしても、佐々淳行のシナリオが成功したことは、その後の大学闘争の敗北の経過を見れば分る。「連帯を求め孤立を恐れない」は私も気になる言葉ですが、私の友人故河村隆治は敢えて、「連帯を求めず、孤立も恐れず」と関東学院での自分なりの闘いの火蓋を切ったのですが、私にとって残念なのは、彼は私以外には連帯を求め、私には、連帯を求めなかったと言う事実です。��でも私は彼の関東学院からの解雇処分、その解雇撤回裁判闘争を支援はし続けた積りです。問題は、連帯も孤立も心理上の問題、我々は生まれた時も死ぬ時も独りぼっち、自分を信じつつ、共鳴してくれる人を仲間と見なす包容力が必要ではないでしょうか。私にとっても基本的な問題であるので、一寸長くなりました。満田追記、紹介してくれた公衆損害についてコメントしたいのですが、読んでいると、余りに出鱈目で、一寸コメントには時間がかかりそうです。

(2011/7/20 満田記)

FromK 
日付2011年7月21日12:51
件名福島原子炉包囲網(7/20)日誌





満田さん

こんにちわ!
いつも原子炉包囲網のご報告ありがとうございます。
18日のいわき市におけるシンポジウムの状況が視覚的にもうかがえるご報告で
した。
現状を「情報戦争」として捉え、その分析と状況把握については全く賛同します。

ここで二つのことを考えました。
一つは、いわゆる「未曾有(いまがかつてない)」の状況に接した時の人間の心
理というものも無視できないのではないか、と思っています。
防災心理の専門家によると、「多数派同調バイアス」「正常性バイアス」という
ものがあり、「人はみな自分だけは大丈夫(死なない)」という無意識の心理が
働くとの解説がありましたが、なるほどと思った次第です。
↓
http://www.bo-sai.co.jp/bias.htm

福島の事故は基本的には、みな「大変、最悪のことが起きた」という認識は少な
からずある(あった)はずですが、情報戦と上記のような心理が働き、現在のよ
うな状況になっているのではないか。
あえて言えば、このような心理をうまく政府東電側に利用されているということ
ではないか。
もう一つはこれは組織論ですが、福島報告でいう「核(コア)」というものに匹
敵するものは何か、ということです。
その議論の前に原子炉包囲網は「運動論」ということになるのでしょうが、「運
動」から「組織」へと発展する道筋がよく見えない。
こんなことを書くとまた満田さんから批判されそうですが(笑)、私自身が頭で
理解しても体が動かない、という状況であり、全く自己批判ものです!
この原因には、上記に掲げた心理状態に私もある程度あるのかもしれません。
45年前の「べ平連」のような、あるいは最近のアラブにおける「フェイスブッ
ク革命」のような状況創出はどうやればできるのか。
いずれにせよ、「連帯を求め孤立を恐れない」(古くてすみません!)自分自身
を作り上げたいと思います。

散文乱文で済みませんが、今後ともご指導よろしくお願いします。

※本ばかり読んで行動しないので恥ずかしいのですが、現在の状況は、カミュの
書いた「ペスト」という小説に瓜二つです!

----------------

20110729 満田正さんの「福島原子炉包囲網日誌」7/18〜講演会「福島原発40年とわたくしたちの未来~原発震災の渦中から~」、青梅ーいわき市 放射線量測定

From満田正 
日付2011年7月20日21:37
件名福島原子炉包囲網(7/18)日誌


たまかんねっとの皆様
たまかんねっと外の皆様には、BCCでお送りしています。
1つ文字化けで分ったことは、このレポートはワードの旧バージョンのため、ファイル識別子がDOCとなっていますが、新バージョンのお使いの方は、DOXと識別子を変更する必要があります。



7月18日(月曜日、休日)は、「福島原発40年とわたくしたちの未来~原発震災の渦中から~」と題しての講演会及びパネルディスカッションがハイロアクション福島原発40年実行委員会主催、脱原発福島ネットワーク、子どもを放射能から守る福島ネットワーク後援で、いわき市小名浜市民会館で13時~17時30分の4時間余にも及ぶのスケジュールで行われた。会場の600人近く参集した人々の熱気もさることながら、暑い会館内は私を含めた6人の東京から馳せ参じた老人連をぐったりさせた。
私はこのうだるような会館内の暑さに負けじと頑張ったが、他のメンバーがどのように頑張ったかを知らない。実際に、講演とパネルディスカッション、聴衆と講師陣の質疑応答を終えると、続いて、宣言採択、閉会の挨拶、そして司会からのお願いがあるにも関わらず、流石の満員の会場も人々が去り、1/3しか残らず、最後を締めくくりが寂しさを感じた。
ネット中継もされているというこの集まりが、福島地域のみならず、日本列島、地球規模での注目が集まったにも関わらず、この実態をどのように受け止めたであろうか。今後、数十年単位で、事後処理を計画して行かなければ事態の中で、この集会の惨状をどのように立て直さなければならないのだろうか。私は自分の責任であるかのように私の心は暗い。
集会には、日本列島各地(東海村、6ヶ所村、静岡県浜岡、大阪、玄海村)からのメッセージが寄せられている。福島原子炉を包囲する流れは確実に進んでいるのだが、その核となり、支える中心はまだ見えてこない。シニアで結成された福島原子炉行動隊の動きが目立つのみである。何が原因で何が不足で我々は福島原子炉包囲網の遅滞を余儀なくされているのであろうか。
それは、この集まりの講演者の発言の中に回答がある。そして、その発言を理解する前に、私が理解する、福島原子炉包囲に対する逆ベクトルの実態を見ておくことが必要である。
その1は、情報戦争における圧倒的な不利な状況である。マスメディア、インターネットを筆頭に、政治家、官僚、大企業は確実に原子炉事故の政治的、産業的空白を図るべく莫大な情報を流し続ける。我々包囲網側からの情報は圧倒的に少ないのである。我々の情報量はネットワークそのものである。それはまだ、三桁に達しないだろう。
その2は、情報戦争に量よりは質の問題であるが、私は、今日も青梅市からいわき市に至る、道中での放射線量の測定を連続空間として行った。私は、この放射線量情報は福島包囲網にとって、極めて貴重であると考えているが、そうしたことがまだ充分に理解されていないどころか、私に続く動きはないのである。放射線量の時空間的連続データを抜きにして、如何して、福島原子炉の実態を把握できるのであろうか。しかもそれは大気放射線量の観測の域を出ていない。今後、動植物(食物)、水と土の時空的連続放射線量測定をどのように実現で来るのであろうか。
そして、第3は直接的な原子炉監視が、福島原子炉包囲網側から実現できていないことである。20km圏外からの監視小屋、30kmを囲う人の鎖、福島原子炉に届く1千万名のベクトルは、まだまだ見えないのである。その原因は、福島原子炉に向かうベクトルの分散である。それはそこに明らかに核となる存在が無いこともあるが、3.11に集中した一瞬ではあるが、福島原子炉に向かうベクトルが、あらゆる分断工作の中で、その強さを失いつつあることである。
最後に、福島原子炉包囲網の欠陥は、そのネットワークの質において欠陥だらけである。私は、青梅市からいわき市にいたる流れを独り築いているに過ぎない。包囲網は、日本列島、地球規模の各地から福島原子炉への流れを築くことである。気の遠くなるようなこの人の動きの構築、実は情報戦争の一角では、一時築かれたのであるが、それが、実態としての人の流れに結びつかなかった事実である。ボランティア集団は、福島原子炉を避けたその事実である。
そんな中で、日本列島、地球規模で情報発信された今日の福島いわき市で開かれた集いは福島原子炉包囲網としての大きなメッセージであったことは間違いない。そして、講師陣として選ばれた佐藤栄佐久作や石丸小四郎氏はその核となる人々である。特に石丸氏は福島県双葉郡富岡町において実に40年もの間、双葉地方原発反対同盟を中心的に支えてきた人である。彼は、40年もの間維持されてきた福島原子炉が劣化しており、地震・津波が無くてもいずれ破損せざる運命にあることを述べた。東日本大震災は、その時期を早めたに過ぎず、ましてや原子炉事故が予想外の津波による事故とする政府・東電の発言は全くの出鱈目、事故は津波でなく地震で起きたものだと言い切った。まさに天災でなくて人災である。40年間、福島原子炉反対を唱え続けた彼にとって福島原子炉を建設・維持してきた政府・東電は犯罪者集団であることを協調している。特に今回の地震は短期振動であり、莫大な配管網からなる福島原子炉にとって今回の地震が発する微振動はもっとも致命的であった。そして、もっとも警戒すべきは、政府・東電が企ててきた、事故のたびに繰り出す火事場泥棒、焼��け太り政策である。従来原子炉寿命は40年と定めながら60年に延長したり、連続運転13ヶ月を24ヶ月に伸ばしたりすることを大事故を起すたびに平然と行ってきたと言うのである。今回の事故で彼らは何を企むのか、益々警戒が必要となる。
佐藤栄佐久氏は福島県知事を5期も務めたベテラン知事である。彼が政府・東電に嵌められて6期目に知事辞任をせざるを得なかった話は有名であるが、彼もまた、石丸氏と同じく政府・東電が何を企てるかについては自らの経験で最大の警戒が必要であると説く。福島原子炉が、使用済み燃料棒2万余の貯蔵施設であることや、アメリカと結託してモンゴルに使用済燃料棒を廃棄処分しようとすることが水面下で動いている。その企画が挫折して廃棄物処理場が何時浪江町など強制避難地域に急遽変更するかも知れない。絶対に浪江町の再起を確信して止まない浪江町長を断固支持するべきだとする、彼の訴えには迫力がある。福島は美しく島、数百ある鎮守の村の集まり、支えられたコミュニティが決して壊してはならないし、ユダヤ人ではないが、千年を経て帰還した経験と同じに、福島県も千年を経ても、何時か新たな美しく島福島を復帰させるとする訴えには、現実性がある。福島1000年ビジョンが提起されたのである。
残念ながらうだるような暑さ、暗い会場の中で、講演者の話が私の頭に残ることはなかった。確か、この集まりは行動モードである。多くの人々が何を為すべきかを求めてやってきた。そうした人々への回答が無かったような気がする。パネルディスカッションでも、如何して事故は起こり、如何した状況の中で、今後如何行動すべきかというコーディネーター佐藤和良氏(脱原発福島ネットワーク)の司会の意向にも関わらず、確かな方向が見えたわけではない。
ただ1つ、言えることは、この集まりを契機として福島原子炉の管理が政府・東電に任せ切り頼りきりの姿勢から、福島県民による、地域住民管理へと確かな舵が切られたということである。この舵取りは見受けるところ、佐藤栄作久、石丸小四郎2人に搾られるようだ。この2人を支える構図が、佐藤栄佐久の再度の知事登場という形ではないだろう。それを期待する人々の隙間には、日本国家という巨大な魔物が忍び寄ることを喚起しなければならない。それは福島原子炉包囲網とは明らかに別のベクトルである。
私は、今日も7人の老人行動隊6人といわき市に出かけた。今日は従来のメンバー3人のほかに新人3人が加わる予定であったが、1人は現地泉の放射能濃度がホットスポットで報じられているとして、前日夜遅くドタキャンとなった。私はと言えば、信用金庫のATMが連休中中止と知らずについつい金を使い果たして、当日の軍資金が無い。新たに加わった都立大学後輩Kに上野駅にて借金をする綱渡りの始末である。それでも、常磐線泉駅でのとんかつ屋で昼飯を食べていると、この新人Kに話しかけてきた御仁Nが、実は新人とは水俣闘争以来の知り合いであるらしい。ほとんど、目が見えないKも彼からの話掛けで思い出し、チーム編成はまた7人となった。
それでも彼はフリーのルポライターある。閉会の後には、主催者との会話が弾んで、再度我々からは外れた。しかももう1人の新人は、我が家の犬が死んだと奥方の電話で急遽東京に戻った。自動車2台6人でのJ-ブリッジ、広野町巡りは、自動車1台5人体制として勢力半減である。でもそのうち3人はJ-ブリッジ広野町巡りは始めてである。台風のための雨日より、私は3回目のJ-ブリッジ、広野町巡りである。そこでは、徐々に福島原子炉出撃拠点の規模の増大が目立ってきた。最初は自衛隊の車だけが目立っていたが、やがて自衛隊の車は少なく民間の車が増えてきた。それに今日は民間の車の多さには度肝を抜かせた。原子炉作業員が400人体制から1000人体制へと拡張されたらしい。自動車の多さもさることながら、常磐道を走る廃棄物処理業者の車が目立てきた。所謂、放射線濃度の高い汚泥廃棄物が、東京の焼却炉で燃やされているという話はまんざらでもない。
今日はJ-ビレッジ、広野町に加えて、津波と火事で破戒された久方町に足を伸ばした。その惨憺たる光景にも心を痛めたが、警察の規制も激しく深入りは出来なかった。今までは通り過ぎなかった四倉港に立ち寄り、打ち上げられた船の数、津波で押し曲げられた鉄骨入りのコンクリート、凄まじい津波の傷跡を見てきた。巨大なテトラポット、重機をも押し流した津波の威力、その地獄絵は120日を経てもまだまだ、片付けの目処すら立っていない。それに福島原子炉は、片付けどころか、今破戒が進行中である。その明日を予想することすら出来ない。
以下、青梅からいわき市に到る放射線量の測定値を列記している。結論から言うと、心配された泉地域、小名浜地域の放射線量は低い。逆に我々が寝泊りした、四ツ倉周辺の放射線量は高い。青梅市は相変らず、中央沿線の放射線量にに比して高い数値である。放射線量は、曼荼羅のようにあらゆる絵模様を描いているようである。決して、政府・東電が言うような放射線量が減少するという甘い幻想は抱けないのである。


2011/07/18(晴れ)空気中放射線量(RADEX1503、単位μSv)
()内は復路の測定値
AM7:08青梅総合神社前0.14~0.20~0.18
AM7:08東青梅駅0.13~0.14
AM7:11東青梅駅待合室0.11(19日PM21:  東青梅0.09)
AM7: 河辺駅0.11~0.12(19日PM21:25河辺0.09)
AM7: 小作0.12(19日PM21:  小作0.07~0.08)
AM7: 羽村0.08~0.10(19日PM21:  羽村0.08~0.10)
AM7: 福生0.10~0.11(19日PM21:  福生0.10)
AM7: 牛浜0.08(19日PM21:  牛浜0.07~0.08~0.10)
AM7: 拝島0.07~0.08(19日PM21:  拝島0.07~0.08~0.10)
AM7: 昭島0.09(19日PM21:  昭島0.10)
AM7: 中神0.09~0.10(19日PM21: 中神0.09)
AM7: 東中神0.11~0.12(19日PM21: 東中神0.09)
AM7: 西立川0.11~0.12(19日PM21:03西立川0.08~0.09~0.10)
AM7:30立川0.08~0.10(19日PM  :03立川0.06~0.07~0.10~0.11)
AM7: 国立0.07~0.08(19日PM20:50国立0.07~0.08~0.12)
AM7: 西国分寺0.08(19日PM20:30西国分寺0.08~0.09~0.10)
AM7: 国分寺0.07
AM7:50三鷹0.08
AM8: 中野0.10
AM8: 四谷0.07
AM8: 御茶ノ水0.07~0.13
AM8: 神田0.08~0.10
AM8: 秋葉原0.10
AM8: 御徒町0.10~0.11
AM9:30上野0.10
PM6:30四倉デイステイ奥内0.33~0.40
PM6: 四倉デイステイ奥外0.27~0.28
PM6: 四倉デイステイ庭0.78~1.07~1.20
PM6: 四倉防波堤0.30~0.58
PM6: 四倉防波堤海岸砂表面0.59~0.54
PM6: 四倉防波堤芝生0.86
07/19(雨)
AM7:00工場0.27~0.18
AM8:  波立デイステイ0.25~0.35~0.48
AM8:  久ヶ浜0.11~0.14~0.15
AM8:  末続0.30~0.32
AM8:  広野町0.28~0.33~0.37 
AM8:  火力発電所周辺0.41~0.63~0.91
AM9:00 立ち入り禁止地域0.70~0.67~0.69
AM10:00 大滝温泉0.30
AM10:  広野町役場0.42~0.25(役場職員へのヒアリングでは、定点観測で0.40程度)
PM12:20 四倉港0.12~0.14
PM12:  いわき市雑居ビル内0.10~0.11
PM14:03 常磐道中郷P0.15
PM14:35 常磐道友部P0.12~0.14~0.17
PM14:  常磐道石岡0.18
PM14:  常磐道土浦0.18~0.21
PM14:  常磐道利根川0.18
PM14:  常磐道入潮南0.11
PM14:  常磐道千歳大橋0.08~0.12
PM17:49 新越谷0.08
PM17:  東浦和0.11
PM17:  南浦和0.08~0.09
PM17:  武蔵浦和0.08~0.10
PM17:  西浦和0.08~0.07
PM17:  新坐0.05~0.07
PM17:  東所沢0.08~0.10
PM20:25 新秋津0.08~0.07
PM20:  新小平0.08~0.07
PM20:  西国分寺0.08~0.09~0.10
PM21:35 青梅0.08~0.10



(2011/7/20 満田記)

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